木曜日

11時半ごろ起床。新聞など読む。

12時すぎごろ豪華昼ごはん。

3時ごろまでハイパーだらだら。寝たりもする。

4時前ごろ駅前喫茶店で勉強するつもりがブックオフで漫画やら小説やら読んでつぶす。

8時ごろ夕飯。

9時すぎからボーン・コレクター、実家のテレビはでかい。映画迫力。ジョリーさんの下唇が二つに分かれそう。内容大変イマイチ。

11時ごろからダイニングテーブルで計算。なんていうか論文ってこんなにはしょって書いていいのか。全然自明じゃねええええよ、から2時間くらい考えてあやっぱいいのか、みたいなの(3行とかしか進まない)勘弁してほしい。実験の解釈を誤るということと、理論で計算を間違えるというのは、意味が違うように思う。実験は結果からウソを読み取っても、グラフとか写真が「変」っていう基盤のあるウンコだけど、理論で間違ったことを言うというのはなにも無いところからひり出したウンコなわけだから、本当に生まれきてすみませんではないのか。でも好みなのだろう、的外れなアプローチが他の分野で応用されるみたいなことは理論にもあるのだろし、論理の美しさ等を追求する立場から言えば、条件が未整備なことに気づかなかったりでてきた結果を曲解したりする神経をアホアホアホとか思うのだろう。でもやっぱ、理にかなった理屈っぽさが良いなあ、前提がおかしいような話を最後まで聞く元気はいつもない。でもでも、スピン相互作用する固体の磁性とかを見るための統計力学でいうIsingモデルからどんどん発展させてくと、スピン系フェチの隠微で官能的な数理物理の世界が広がっていて、そんなんなんになるのかと思いきや、画像情報処理の誤り符号訂正とかに使われることになったりで、筋が良い議論か悪い議論かを見極める勘にはなんの絶対性もないのである。

とはいえやはり理論物理の論文にはどういうチェック機構があるのか気になる。一見よさそうな大嘘でも結構通っちゃうのか、あるいは査読くらいなら1時間で完璧にできるぜ、っていう学者は僕が思っているよりずっとごろごろ転がっているのか。ただ、理論の世界での捏造なんてもしあるとして、それは冒涜っていうかもはや何がしたいの?って。。

粘菌の論文についても予習。モデルの形がわかったので、やっぱり初期値のランダムをどう決めてるのかわからんから聞ーこおと元気にねる。

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執筆者:kyogok

更新日時:2009/2/21 3:17:49
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